■日本における「飴」
我が国では、飴は古来から人々の暮らしに根差してきました。初めに文献で確認できるのは奈良時代で、仏事の際の僧侶への供養料として 「糖」 が用いられたことが『正倉院文書』などに記され、平安時代の『新撰字鏡』には「阿米」と書かれています。現代の私たちは、「飴」というと砂糖から作られていると思いがちですが、本来の飴は芋や穀類などのでんぶんを糖化させたもので、今でいう水飴にあたります。甘いものの少なかった時代には貴重な食品であり高価なものだったため、神仏に捧げられることもあったようです。

■飴細工の登場
江戸時代中期には「飴」は庶民も口にすることができるものになっており、「飴細工」はその時代に生み出されたものと考えられています。当時江戸の街中では、楽器を鳴らす、口上をのべるなど様々な工夫をしながら多様な飴を売る人々が居たという記録が残されています。そんな飴売りの形態の一つとして、飴細工師の姿が書物、川柳、浄瑠璃などに描かれています。人気の演目に登場するのは、それだけ身近な存在であったと考えられます。

ここでは「飴細工」の定義を「棒につけた飴を握りばさみを使って細工する、吹くなどによって動物等の形をつくる」とし、確かな資料が残っているもので飴細工の歴史をたどってみましょう。

【江戸期】

■『菅原伝授手習鑑』: 5巻 安永5(1776)年 鳥居清経 画

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9893281

 『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』は、人形浄瑠璃および歌舞伎の代表的な演目で、延享3年(1746年)8月、大阪の竹本座が初演とされます。二段目「道行詞の甘替(みちゆきことばのあまいかい)」の冒頭、飴売りに身をやつした桜丸が唄い出しの文句で「サアサア子供衆買(かふ)たり買たり。飴(アメ)の鳥じゃ飴の鳥」と言うのが、現在のところ飴細工が文献で確認される最も古い資料となります。
安永5(1776)年、村田屋次郎兵衛によって出版された『菅原伝授手習鑑』において、鳥居清経(生没年不詳)がこの場面を描いており、これが確認できる画像としては一番古いものです。なお、これは国立国会図書館のインターネット公開画像で見ることができます。



■『絵本狂歌 山満多山(えほんきょうか やままたやま)』享和4年(文化元年 1804)初春、江戸蔦屋重三郎刊

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287539?tocOpened=1
第3冊 7コマ目

「山満多山」は葛飾北斎の江戸名所狂歌絵本で全3巻から成っています。江戸の名所に人々の風俗を交え描いたもので、3巻目に飴細工の屋台が描かれています。画像は国立国会図書館のインターネット公開画像にもありますが、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)の資料のほうが保存状態は良いようです。

https://www.metmuseum.org/art/online-features/metcollects/japanese-illustrated-books(スライド12)


■『方言修行金草鞋』十返舎一九
江戸時代後期の戯作家、十返舎一九の『方言修行金草鞋』第十五編(図1)、十六編(図2)、二十五編(図3)には、寺の境内で飴細工を作る男が登場します。

図1『方言修行金草鞋』第十五編 ※内音羽護国寺にて 
1822年(文政5年) 十返舎一九 著 画:歌川美丸
(資料提供:国立国会図書館)

図2『方言修行金草鞋』第十六編 ※三州矢矧浄蓮寺にて 
1823年(文政6年) 十返舎一九 著 画:歌川美丸
(資料提供:国立国会図書館)

図3『方言修行金草鞋』第二十五編
画:北尾重政
(資料提供:国立国会図書館)



■『守貞謾稿』 巻6 生業編 喜田川守貞 著 1837年(天保8年)~

『守貞謾稿』巻6 生業編
喜田川守貞 著 1837年(天保8年)~
(資料提供:国立国会図書館)

江戸時代後期の風俗を描写した喜田川守貞の『守貞謾稿』にも飴細工が紹介され、「飴細工というのは、(中略)これをこねて様々な形を作るもので、飴の場合は水飴を丸めて葭の頭につけ、息で吹いて中空の円形を作り、これを、それぞれの形に作り、あとで赤・青の彩色をつける。はじめは鳥の形が多かったので、俗に〈飴の鳥〉といった。上方では、息で吹く前の品を売ったので〈吹かけ〉ともいった」(現代語訳は花咲一男著『江戸行商百姿』三樹書房より)とあります。

【明治期】

明治期になると写真が登場します。撮影された正確な日付がわからないので、並列に並べます。

■『百年前の日本 モースコレクション 写真編』 1983.11
小西四郎 岡秀行/構成  小学館 4-09-563015-9

大森貝塚を発見したことで知られるモース博士は、当時の写真を持ち帰っていました。その中に飴細工もあり、貴重な資料となっています。

1890 Candy seller
1890 Candy seller

■長崎大学の古写真データベース
長崎大学では「飴細工」の画像を古写真データベースで公開しています。

目録番号: 3385  
タイトル:飴細工屋 (1)
http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/search/jp_detail.php?id=3385
撮影地未詳、撮影年代は明治中期(1883~1897)とされています。

目録番号: 4553  
タイトル:飴細工屋 (2)
http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/search/jp_detail.php?id=4553

目録番号: 4844  
タイトル:飴細工屋 (3)
http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/search/jp_detail.php?id=4844

ここまでの資料は、吹き飴ばかりです。飴細工を作っている手元はわかりにくいので、構図としてそのほうがよかったのでしょうか。

【大正期】

大正期の資料は、現在これと言ったものが見つかっていません。

【昭和期】

終戦まもなく山形県で活躍した飴細工師「槙登(まきのぼる)」氏の展示が2023年に開催されました。その内容は昭和期の飴細工について学ぶ上で非常に素晴らしいものでしたので、この昭和期パートでは本展示について紹介します。

飴細工師 槙登氏(山形県河北町)

『あめ細工職人 槙登展』
・期日  令和5年3月31日~5月7日
・会場  河北町総合交流センター サハトべに花
・主催  河北町教育委員会

飴の仕込みや飴の棒にする葦の茎も自身で調達し、山形名産の紅花で作った食紅を使用していた記録が残っています。
河北町教育委員会の担当の方のお話によると「河北町内の30代半ば以降の方であれば誰しもが槙氏を知っており、「記憶の記録」と題した思い出投稿コーナーには、老若男女問わず多くの方から投稿いただき、当初用意したスペースから溢れるほどの思い出が集まりました。」とのことで、飴細工が多くの人に親しまれていた事が分かります。

写真
道具
展示会場

ここまで飴細工の歴史について、日本伝統飴細工協会が把握している限り資料を年代別に紹介しました。ここでは扱い切れなかった資料もありますし、まだ把握出来ていない資料もあるだろうと思います。協会では引き続き飴細工の歴史的な価値を発信していけるよう調査をしていきます。

【コラム1】


歴史を調べているうちに面白い資料も見つかりました。
同じ構図で描かれている2枚の絵です。

1枚目 作:ロバート・フレデリック・ブルーム
2枚目 作:チャールズ・ワーグマン

1枚目は「飴屋」(1893年)。メトロポリタン美術館所蔵。
19世紀末のアメリカの画家ロバート・フレデリック・ブルームによって描かれたものです。
明治時代初期の市井の風景を水彩画、油絵、パステル画で描き、帰国後、「飴屋」はパリ万博、シカゴ万博に出品されました。

興味深いことに、2枚目イギリス人画家チャールズ・ワーグマンの作品に、ほぼ同じに見える絵があります。

こちらの制作年は不詳のため、どちらが先だったのかということは断定できません。
温泉避暑地として外国人に知られている伊香保温泉で撮られた同じ写真を参考にしたのではないか、という推測もありますが定かではありません。
いったいどのような経緯で、この2枚の絵が描かれることになったのでしょうか。

<参考>“飴屋”の謎―ブルームとワーグマンの作品をめぐって 岡部昌幸
『JAPAN―ロバート・ブルーム画集』(芸術新聞社 2015)

【コラム2】


『江戸物売図聚』(三谷一馬著 立風書房 1980)にはp201「飴の鳥売り」として以下の記述がありました。
「わたしは,近頃『飴細工手本』という小さな本,紙数二十三丁のものを入掌した。発行所は「常陸筑波郡鹿島村字上目五番地 大里」,発行年号は「慶応元年三月」である。この本の中には つる。かぶ。ごぼう。かわせみ。(中略)五十九種目の飴細工を挙げている。」

この『飴細工手本』について調べたところ、茨城県立図書館様より、日本古典籍総合目録データベースに合致する資料があるという情報をいただきました。

日本古典籍総合目録データベース(https://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/
『飴細工』(著作URL:http://dbrec.nijl.ac.jp/KTG_W_4427071
所蔵は「東北大学附属図書館 狩野文庫」

これをみると、様々なモチーフが挙げられています。いったいどうやって飴で作ったのだろう?というものもありますが、慶応期にこのようなものが飴細工で作られていた、と思うと面白いですね。